コロナウイルスに対する治療の試みとワクチンの現況

 

この章ではdrug repositioning を用いたコロナウイルスに対する治療の試みとワクチンの現況を紹介します。カレトラ、レムデシビル、クロロキンとアジスロマイシンの組み合わせ、アビガン、シクレソニドの報告、そして補中益気湯の期待される免疫活性化のメカニズムについて触れます。ワクチンに関してワクチンの歴史、種類、機序、mRNAワクチンに代表されるこれからの新しいワクチンについて解説しています。

グラフをみて詳細を読んでみたい方は原著論文が読めるようにリンクしてあります。

 

 

現段階で有効な治療方法は確立されていません。

2004年に起きたSARSの際にステロイド、C型肝炎に用いられた抗ウイルス薬 ribavirinが試されましたが明らかな優れた効果は得られませんでした。

感染治療薬として新しい薬を開発する流れと同時に既存の薬を応用する流れ(ドラッグリポジショニング drug repositioning )があります。既存薬は比較的安全性が確立されていますので新薬ができるまでは既存の薬で効くかどうか検証されています。

今回のCOVID19では抗HIV薬、抗インフルエンザ薬、抗リウマチ薬、降圧薬、抗生剤、回復して抗体をもったかたからの血漿輸血など様々薬剤が治験されており良い結果を待ちたいところです。いままで行われたいくつかの薬剤治療結果の報告をみてみましょう。

 

 

2020年4月におけるコロナウイルス治療に対するカレトラとレムデシビルの報告

HIV(エイズ)に用いられるカレトラ(Ropinavir と Litonavir  の配合剤)が99名のコロナウイルス肺炎に投与された結果が中国から発表されました。患者さんの同意を得てカレトラかプラセボ薬か知らされずに28日後の治療効果をみたものです。残念ながらカレトラを投与しなかったグループと比較して統計上の有意差は出なかったものの下の左グラフを見ると、投与したほうが若干良いとの印象をもちます。この研究では重症度や発症してから投与開始までの期間など条件が異なっているためさらなる大規模なデータを用いた結果が求められます。発症してからできるだけ早くカレトラを使用した効果を知りたいところです。

A Trial of Lopinavir-Ritonavir in Adults Hospitalized With Severe Covid-19 DOI: 10.1056/NEJMoa2001282

 

右下は我々に比較的なじみが薄いエボラ出血熱やマールブルグウイルス感染症の治療薬であるレムデシビル ( Remdesivir ) を米国、欧州、日本の53名に注射した効果をみたものです。病状が進行して人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)などを使用している重症者にはやはり効果がうすい印象をもちます(赤丸群)。

Compassionate Use of Remdesivir for Patients With Severe Covid-19 DOI: 10.1056/NEJMoa2007016

 

 

 

 

クロロキンとアジスロマイシンの組み合わせ(chloroquine + Azithromycine)

マラリアの治療に使われているクロロキンを応用したヒドロキシクロロキンとマクロライド系の抗生剤アジスロマイシン(商標名ジスロマック)の組み合わせも有望視されています。

まだ少人数ですが南仏の病院でこの組み合わせで新型コロナウイルス肺炎を治療したところ5日後に鼻腔からウイルスが検出されなくなったという報告があります(下写真左)

Hydroxychloroquine and Azithromycin as a Treatment of COVID-19: Results of an Open-Label Non-Randomized Clinical Trial

DOI: 10.1016/j.ijantimicag.2020.105949

 

クロロキンの効果について複数のメカニズムが働いている可能性があります。

ウイルスを①人の細胞に寄せ付けない、②人の細胞の侵入経路で阻害する、③人の細胞内で増殖を断つ、④肺内に余分な水分を貯めないなどです(下写真右)。

日本でも気管支炎などに良く用いられるジスロマックやクラリスなどのマクロライド系抗生剤は単独でというより他の薬と組み合わせることでこのウイルスを減少させる可能性があります。

この論文での内服用量は日本で使用されている用量とやや異なり、消化器症状、網膜への影響など使用にあたっては副作用に十分注意が必要です。

 

 

 

 

ニューヨークからのヒドロキシクロロキン治療に関する論文

令和2年5月、上記の南仏からの報告内容と異なり米国ニューヨークからはより多くの新型コロナウイルス感染症の患者さんにヒドロキシクロロキン内服治療(811人)を行い、ヒドロキシクロロキン非内服群(274人)と比較して人工呼吸器挿管や死亡とは関連がなかった。

つまりヒドロキシクロロキンは人工呼吸器になることを減らしたり死亡を減らしたりすることがなかった、良くも悪くもしなかったという論文が発表されました。

下右表赤線がヒドロキシクロロキン内服群です。青の非内服群と比較して30日後においてやや減らしているようにも見えますが統計上では有意差なしです。劇的に改善するということではないようです。

クロロキンは古くからの抗マラリア薬で、ヒドロキシ基を付けることにより網膜に対する副作用を少なくしています。わが国では膠原病の一つであるエリテマトーデスの治療に用いられています。嘔気や網膜障害などの副作用がみられることがあり禁忌は網膜症、黄斑症、6歳未満です。

Observational Study of Hydroxychloroquine in Hospitalized Patients with Covid-19.

DOI:10.1056/NEJMoa2012410

 

 

 

次はこの新型コロナウイルス感染症を治療するにあたりクロロキンとヒドロキシクロロキンの選択を大いに躊躇させるだけのインパクトを持った論文です。

Hydroxychloroquine or chloroquine with or without a macrolide for treatment of COVID-19: a multinational registry analysis

DOI:https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31180-6

 

このクロロキンは以前より心臓の収縮拡張に関わる心筋の再分極異常を来たし、心電図上にQT延長がみられ、危険な不整脈である心室頻拍や心室細動をきたすことが知られていました。併用で処方されるマクロライド系も QT延長が見られることがあります。どうやらクロロキンによる治療は単独でも不整脈をもたらし死亡に関与する可能性がありそうです。

 

 

この論文では世界中の感染者 96032人を生存者85334人と死亡者10698人 (11.1%) に分けて解析しています。

治療薬クロロキン単独群 1868名、クロロキンとマクロライド抗生剤群 3783名、ヒドロキシクロロキン単独群 3016名、ヒドロキシクロロキンとマクロライド群 6221名はいずれも院内死亡リスクの上昇と心室性不整脈に関与することが示されました。

またこの解析から降圧薬であるACE阻害薬内服群、アジア人種、敗血症がないこと、コレステロールの薬であるスタチン系内服群、女性が死亡リスクの低下に関与していることが分かりました。

ACE阻害薬は降圧作用だけでなく心臓の負担を減らす心不全の治療薬としても使われておりレニンアンギオテンシン系のホルモンが暴走しないように調節しています。また血清カリウムを下げない薬でもあり心室性不整脈が起こりにくい状況を作っています。

 

研究のデザイン、対象とする人数の規模、治療環境、人種差など治療薬の評価判定は報告によって分かれるものですね。次はアビガン(favipiravir)治療に関する中国からの論文です。

 

 

中国からの アビガン治療に関する臨床論文

Experimental Treatment With Favipiravir for COVID-19: An Open-Label Control Study DOI: 10.1016/j.eng.2020.03.007

 

この論文は2020年2月に投稿されましたが、いったん取り下げられました。その理由をめぐり話題となった論文です。その後に加筆修正が行われ、論旨を変更することなく掲載されました。内容は新型コロナウイルス感染にかかった患者さんにアビガン(35名)で治療した群、カレトラ(45名)で治療した群に分け、2週間にわたってウイルス排出量と胸部CTにおける肺炎像を比較検討しています。

 

 

結果です。

ウイルス排出量:アビガン群では平均 4日でウイルス排出量が半分になり、一方のカレトラ群では 11日でした。

胸部 CT画像変化:胸部 CTを入院後 4,9,14日で撮影しています。アビガン群がカレトラ群と比較して肺炎像が有意に改善したのは2週間後でした。

アビガン治療により 2週間後 35名中 32名が肺炎の改善を認めたのはこれからのコロナウイルス肺炎の治療におおいに期待をもたせます。一方でみんなが期待しているアビガンをもってしても 3名の方が改善しないというのはこの病気のこわさを物語っています。

 

 

日本からの報告

2020年3月気管支喘息吸入薬シクレソニド(商品名オルベスコ)がコロナウイルス肺炎に対して効果があるとの報告が神奈川県立足柄上病院よりありました。シクレソニドの抗ウイルス効果を含めてこれから応用、検証されていくと思いますが効果を期待したいところです。

 

 

シクレゾニドは他のステロイドと異なり肺がん抑制効果があることも知られいろいろなステロイド吸入薬の中でも多面的な作用を持つ可能性が指摘されています。

 

 

 

対症療法

もともとのコロナウイルスは風邪をもたらしていたウイルスです。初期は風邪症状と変わりなく漢方の葛根湯でかぜが早く治るなど体質に合う人には感染初期には有効な可能性があります。みなさんも内服した方は感じたかもしれませんが体が温もって元気が少し出てウイルスを少なくする効能があります。SARSの際には漢方薬併用が効果があったとの報告があります。左青が漢方を加えた群で漢方を加えなかった赤群と比較して免疫に関与するリンパ球が増加していることを示しています。

 

 

漢方薬の補中益気湯は病後の体力低下、食欲低下、全身倦怠感、感冒などに用いられる薬ですが、マウスの実験から ① 侵入した病原体を貪食するマクロファージの貪食活性を亢進させること ② 体中をパトロールしてウイルスを攻撃するNK細胞の活性を低下させないこと ③ NK細胞を活性化するインターロイキン(IL)-12 をストレス下において回復させることなどが報告されています。

つまり補中益気湯が免疫を活性化させる可能性があります。十全大補湯にも同様の報告があります。

 

 

ウイルス感染から二次的に起きる細菌性肺炎に対しては抗生剤が選択されます。医療機関で画像や採血をもとに必要時に処方されます。予防効果は現在のところ報告ありません。

 

 

ワクチンについて

ワクチンの歴史

1796年イギリスの医師 Edward Jenner はより病原性の低い牛痘を人に接種することにより天然痘にかからなくなったことを報告しました。天然痘の大流行を機にこの手法が急速に普及していきました。1980年には地球上から天然痘が撲滅するに至りました。ワクチンの礎を築いた功績から免疫学の父と呼ばれています。

 

ワクチンの種類

従来のワクチン

生ワクチンはウイルスや細菌の病原性を弱めたワクチンです。十分な免疫ができるまでに約1か月を要します。次の別のワクチンを接種するまで27日間以上あけることが必要です。BCG、麻疹風疹、水痘、流行耳下腺炎のワクチンが生ワクチンにあたります。

 

不活化ワクチンは病原性を完全になくす処理を行って作ったワクチンです。生ワクチンより獲得できる免疫は弱いために複数回にわたって接種することもあります。インフルエンザ、日本脳炎、肺炎球菌ワクチンがこれにあたります。

 

トキソイドワクチンは細菌の出す毒素をとったワクチンです。ジフテリア破傷風ワクチンがあります。

 

これからのワクチン

新型コロナウイルス感染症が急速に世界的な流行をもたらした結果新しいタイプのワクチンが次々と開発されてきています。

遺伝子組み換えワクチンは無害なウイルスに病原体の遺伝子情報の一部を組み入れたワクチンです。

 

⑤  DNAワクチンはプラスミドという細胞内に遺伝子を導入する道具を用いたワクチンです。

 

⑥ 今話題となっているmRNAワクチンがあります。

 

 

 

mRNA はメッセンジャーRNAといいます。我々の遺伝子は二重らせん構造のDNAをもっており、生命活動に必要な蛋白を作るためにDNAにある遺伝子情報がmRNAにコピーされ mRNAの情報をもとに蛋白が作られていきます。

2020年3月米国からコロナウイルスが人の細胞に侵入する際の起点となる棘のようなスパイク蛋白の遺伝子が報告されました。

Cryo-EM structure of the 2019-nCoV spike in the prefusion conformation

DOI:10.1126/science.abb2507

 

この遺伝子情報をmRNAにコピーして組み込んだのがmRNAワクチンです。

Moderna 社が開発したmRNA -1273 ワクチンはコロナウイルスが人の細胞に侵入するスパイク蛋白の遺伝子情報の一部をmRNAに組み入れたワクチンです。このmRNAが細胞内に入ると体内でスパイク蛋白質が発現して免疫が獲得できるという仕組みです。

 

 

 

 

ワクチンの有効性と安全性の考え方

ワクチンが有効であるかどうかの評価は「ワクチンをしたから罹らなかったよ。」ということで良さそうですが、疫学的には Vaccine Efficacy (VE) という指標があり、接種しなかった人の発病率 aと接種した人の発病率 b から求めます。Vaccine Efficacy (VE) = (a-b)/b になります。

またワクチンを評価するうえで

① 感染しないために

② 発症しないために

③ 重症化しないために

④ 死亡しないために

どのくらい有効であったかというエンドポイントをふまえた視点もあわせてもちたいものです(下図上)。

ワクチンの有効性を高めるためにはアジュバントというアルミニウム塩、スクアレンなどの補助剤を加えたり、薬剤が目的の場所に効率よく届き、長くとどまるドラッグデリバリーシステム(DDS)も重要になってきます。

2020年5月現在コロナウイルスに対する多くのワクチンが開発されてきていますが、ワクチンに反応しない non-responder の割合やワクチンの有効期間、今後ウイルスが変異してきたときにも有効かどうかなども有効性をみていくうえで大切です。

一方で安全性に関しては抗体依存性感染増強(ADE Antibody Dependent Enhancement)という接種したワクチンの影響で再感染したときに初感染よりも致命的になることも報告されており注意を要します。まだ知られていない複雑なメカニズムが働いている可能性があります。

 

 

ワクチン承認までの流れ

ワクチンを行うにあたっては有効性と安全性が重要です。

実際に我々が接種するまでには細胞を用いた試験管の中での効果、動物での効果を経て臨床治験に入ります。

臨床治験は3段階からなり第1相は少人数の健康な大人を対象とし治験薬の安全性や吸収排泄を確認します。第1相を経て第2相では治験薬の用法用量を決め、少人数の患者さんに対して有効性と安全性を確認します。次の第3相では多くの患者さんに使用し有効性と安全性、使用方法を確認します。

その過程をすべてクリアして初めて承認申請を行うことになります。より大規模に行われたデータを集めた施行後調査も大切です。

日本では従来の新薬開発において臨床試験だけで3-7年もかかっていましたが、今回の新型コロナウイルス感染症は世界的な流行と健康や経済に甚大な影響を与えていることから早急なワクチン接種が切望されており治験期間が短縮され、ある程度の安全性が担保されれば見切り発車的に接種が開始されていくかもしれません。

 

 

おわりに

我々の生命や経済を脅かしかねない今回の新型コロナウイルス感染症ですが、これから分かってくる色々なことを参考にしながら我々は生き延びていかないといけないと思います。内心心配になっている方も多いと思いますが、我々が積み重ねてきた科学を信じてこのウイルスのことをよく知り適切に対応し乗り越えて新しい明るい時代を築いていきたいものです。

 

文責 植村 健 http://www.koseikai-uemura.jp/

 

 

ご関心がありましたら下記もご参照下さい。

http://ko-island.yokatoko.com/pr/uemura/2020/05/02/新型コロナウイルスの性質%e3%80%80/

http://ko-island.yokatoko.com/pr/uemura/2020/05/02/コロナウイルスにかからないようにするために/

http://ko-island.yokatoko.com/pr/uemura/2020/05/03/コロナウイルスの症状と診断について/

 

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