コロナウイルス重症化と血液型について(どうしてA型はO型に比べて重症化しやすいのか?)

 

コロナウイルスにかかると多くの方が無症候性もしくは軽症で経過します。しかし世界でこの感染でお亡くなりになる方が50万人を超えてきた現状を考慮するとどうして重症化するかについて解明していくことがとても重要に思われます。

2020年6月に重症化する原因を遺伝子から解析した研究が報告されました。​

Genomewide Association Study of Severe Covid-19 with Respiratory Failure​

DOI: 10.1056/NEJMoa2020283

 

 

この論文に出てくるゲノムワイド相関研究  (GWAS) と遺伝子座 (locus) をより理解するために我々の染色体、DNA、遺伝子についてみていきましょう。

 

人の染色体は両親から受け継いだ23対計46本が細胞の核内にあります(下図右上)。このうち 1 対は性別を決める性染色体です。女性の場合は X染色体が2本、男性の場合は X染色体と Y染色体が1本ずつです。DNAの情報は染色体の中に織り込まれるように格納されています(下図左)。DNA はアデニンA、グアニンG、チミンT、シトシンC )の4 塩基と5 炭糖とリン酸から構成され、二重らせん構造をしています。​

 

 

DNA は意味のある部分と意味を持たないただ羅列しているだけの部分があり、意味のある部分を遺伝子と呼んでいます。

疾患の原因となる遺伝子が染色体のどこにあるかを示しているのが遺伝子座  (locus) です。何番目の染色体にあって、短腕 p もしくは長腕 q の部分なのかそしてその後に続く番号は住所の番地のように記載されます(上図右下)。

ゲノムワイド相関研究とは病気と遺伝子の相関をみたものです。​正常者と比べて遺伝子の塩基配列 A、G、T、C の組み合わせがどう異なっているかという一塩基多型(SNP : Single Nucleotide Polymorphism)から解析したものです。

この論文では呼吸不全を来たした新型コロナウイルス感染症すなわち重症例 1980名と健常者 2205名の遺伝子と比較しています。

結果は2 つの遺伝子座が重症化群に見られました。

第 3 染色体にある 3p21.31 と第 9 染色体にある 9q34.2 です。

前者の遺伝子座 3p21.31 には直腸がん、クローン病、神経膠腫、肺小細胞がん、上咽頭がんなどの遺伝子があることが知られています。この研究では 3p21.31 遺伝子座にある SLC6A20 や LZTFL1 などの遺伝子が新型コロナウイルス感染症の重症化に関連していることが分かりました。SCL6A20 はコロナウイルスの侵入経路である ACE2 の発現に関与しています。また LZTFL1  は肺がん抑制に関与しています。今後これらの遺伝子からさらなる重症化のメカニズムが明らかにされていくと思います。

一方後者の遺伝子座 9q34.2 は液型の決定に関与する遺伝子がある遺伝子座です。この論文では重症化するリスクはA型が他の血液型と比べ最も高く1.45倍で、O 型が最も低く0.65倍という結果でした。​

 

血液型の遺伝子がコロナウイルス 感染症の重症化に関与していることは少し驚きです。

そこでさらにこの感染症と血液型の関連について掘り下げてみていきましょう。

 

 

血液型について

血液型はみなさんもご存知のように A, B, AB, O 型があります。1900年にオーストリア人の生物学者ランドシュタイナー(Karl Landsteiner ) が人の血液に他人の血液を混ぜると凝集する場合と凝集しない場合があることに気づき血液には合わない型と合う型があることを発見しました。この発見が血液型の歴史の出発点になっています。

 

我々の血液には赤血球の表面に抗原という標識を持っています。抗原にはたくさんの種類がありよく知られているものに ABO 抗原があります。ABO 抗原の違いは細かくみると赤血球表面に存在する蛋白質に結合する糖鎖(グルコースなどの糖が鎖状に連なったもの)の種類の違いです。

そして流れている血液の血漿には抗体を持っています。

異なる型の血液を混ぜると抗原抗体反応が起こる場合があります。抗 A 抗体が A 抗原を攻撃し、抗 B 抗体がB 抗原を攻撃します。

例えばA 型は赤血球の表面にA抗原という血液型物質があり、血漿には抗B 抗体をもっています(上図参照ください)。

もし仮にこのA 型の血液の人にB 型の血液を輸血するとします。A 型の人は血漿中にB 抗体をもっていますのでB 抗原を持っている B 型の人の血液が入ってくると B 抗体が B 抗原を攻撃して凝集してしまいます。​

 

 

感染によるARDSはA型に重症化が起こりやすくO型、B型は起こりにくい

ARDS : Acute Respiratory Distress Syndrome (急性呼吸窮迫症候群)という病気は感染後や外傷後に急速に呼吸状態が悪化する緊急を要する疾患です。このコロナウイルス感染症を重症化させる病態の一つです。​

ARDSの発症と血液型の関係をみた論文がありますので紹介します(左下)。

 

ABO Blood Type A Is Associated With Increased Risk of ARDS in Whites Following Both Major Trauma and Severe Sepsis

DOI: 10.1378/chest.13-1962

 

​​

この論文では敗血症(感染)由来のARDS を白人と黒人とに分けて調べています。

結果は白人、黒人ともにA型の人がARDSになりやすく、O型、B型はARDSになりにくいというものです。​

 

 

ARDSの死亡群では凝固に関与する von Willebrand 因子が多い

右上の論文はARDSにかかって死亡した群と生存した群を比較しています。

 

Significance of Von Willebrand Factor in Septic and Nonseptic Patients With Acute Lung Injury

DOI: 10.1164/rccm.200310-1434OC

 

後項で触れますが、出血した際の血液凝固に関わる蛋白のひとつである von Willebrand 因子 (vWF) が生存群と比較して死亡群で多かったという報告です。しかも状態が悪化する中で死亡する群では最初から vWF が多かったのです。ARDSでお亡くなりになる方は最初から vWF が増加している何らかの素因を持っている可能性があります。

 

 

凝固異常の観点から見たコロナウイルスによる重症化を来たすメカニズム

コロナウイルス が重症化する病態のひとつに血栓症、多臓器不全があります。凝固異常が関与しています。

ウイルス感染により障害された血管内皮細胞から凝固第8 因子とvon Willebrand 因子が放出され血小板凝集そして凝固系が活性化されていきます。

 

 

重症化と血液型との接点に関する推測

コロナウイルスの重症化が血液型に影響されるのかどうかを解明していくにあたり以下の2つのポイントから推測してみます。

① ウイルスが細胞に侵入する際の結合部位であるACE2 – スパイク蛋白部位が血液型抗体の影響を受けている可能性

② ウイルスが細胞に侵入した損傷部位で起こる血小板凝集反応が血液型抗体の影響を受けている可能性です。

 

​① ACE2 – スパイク蛋白結合が抗A抗体からうける影響

ACE2 と​SARSウイルスのスパイク蛋白との結合を抗A抗体が阻害する報告です。

Inhibition of the interaction between the SARS-CoV Spike protein and its cellular receptor by anti-histo-blood group antibodies

doi: 10.1093/glycob/cwn093

 

新型コロナウイルスが細胞に侵入するにあたりACE2 という同じ経路を持つSARSウイルスを用いた報告です。

この論文では O型やB型が持っている抗A抗体を加えると細胞とコロナウイルスの結合が低下する、つまりO型やB型ではコロナウイルスが侵入しにくいということが示唆されます。

 

血小板凝集反応が抗A抗体から受ける影響

出血するとそれを止めようと止血が始まります。血管内皮や血漿中にある von Willebrand 因子 (vWF) が糊のように血小板をどんどんくっつけていくのです。

 

 

vWF はADAMTS13 という酵素によって適切な長さに切断されていきます。このADAMTS13 による切断が抗A抗体があるかないかによって異なるという日本からの報告です。

 

Blood group antigen A on von Willebrand factor is more protective against ADAMTS13 cleavage than antigens B and H.

DOI: 10.1111/jth.14444

 

 

この論文では抗A抗体を持たない血液型 A、AB は抗 A 抗体を持つ血液型 O、B 型と比較して ADAMTS13 によって vWF が切断されにくいという結果です。

つまり抗A抗体を持たない血液型 A, AB において vWF は切断されにくいために大きな vWF が残ってしまい、血小板凝集やそこから始まる凝固系が活性化されていく可能性があります。

 

 

まとめますと

コロナウイルス 感染症の重症化に血液型の違いが関与しているとすれば

① ウイルスが人の細胞に侵入する部位において抗A抗体(血液型O型、B型が持っている)が人の細胞側のACE2 とウイルス側のスパイク蛋白との結合を阻害する。

② ウイルス侵入による血管内皮細胞の損傷によって血小板凝集反応が起きるが、その際に抗A 抗体があると抗A 抗体がない場合と比較して von Willebrand 因子が切断されやすくなり過剰な血小板凝集やそれに続く凝固亢進が起こりにくくなる

の2点が挙げられます。

 

これから重症化に寄与する原因の解明が進み色々な事が分かってくると思います。遺伝子の解析による新しい知見によってこの感染症が早くコントロールできるようになることを願っています。

 

 

文責 植村 健 http://www.koseikai-uemura.jp/

 

 

下記も関心がありましたらご参照ください。

 

http://ko-island.yokatoko.com/pr/uemura/2020/03/01/新型コロナウイルスについて(2020年2月)%E3%80%80/

 

 

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2 Responses to コロナウイルス重症化と血液型について(どうしてA型はO型に比べて重症化しやすいのか?)

  1. Koyuki says:

    医療従事者側からみた、さまざまな論文を引用された分析と解説がとても参考になります。ニュースで報道されるコロナウイルスの情報とは違い、研究者の方たちが異なる視点からコロナウイルスを解明しようと努力されていることがわかります。未知なるウイルスと呼べるのか、わかりませんが、確固たる対策も無い中、自粛規制も解除され、第2波ともいえる状況に突入しつつあります。鹿児島県も気付けば、福岡県に次ぐ感染者数になりました。知り合いに感染者はいないとはいえ、コロナウイルスはもう身近なところまで近づきつつあります。気をつけてアルコール消毒はしていますが、仕事に入ると、こまめな消毒はできませんし、無意識にいろんなものに触れています。全てを消毒することは無理ですし、手洗いをキチンとするだけでも予防効果はあると言われていますが、実際のところ、どうなのでしょうか?
    先の見えない今の現況でいけば、気付けば保菌者になっていた、もしくは、コロナウイルスにかかってしまった、といった状況になる可能性はとても大きい気がします。何か良い対策はあるのでしょうか

  2. Koyuki さんコメントありがとうございます。
    今回の新型コロナウイルス感染はかかっても症状が出ない無症候性と風邪症状に似た軽症の方が多くおられます。事態を難しくさせているのは発症する1週間前からウイルスを排出していること、発症日前後が最もウイルスを排出していること、無症候性の方もウイルスを排出して他人を感染させてしまうことです。PCR法では鼻腔、唾液、便から排出が2か月余り続くことがありますが、実際に感染させる期間は発症から8日間までとの報告が多いです。これから先、新しい予防方法、より確かな診断方法、治療薬、ワクチンの実際の効果が分かってくると思います。それまでの間は手洗い、うがい、洗顔、換気をまめにして、他人と密室内に長時間いることを避け、外出時はマスク着用するなどで自分や家族を守っていくしかないと思います。
    Koyuki さんが言われるように消毒に関してはすべてを消毒することは難しいと思います。感染様式として今のところ物質からの感染より飛沫感染、接触感染の方が主ではないかと言われています。ただし物質上からの感染も排除できないので、もし消毒するとすれば優先順位をつけてよく触る場所を重点的にするといいと思います。例えばドアノブ、トイレ周り、眼鏡、携帯電話、時計、冷蔵庫取っ手(冷蔵庫内はコロナウイルス長時間生存する可能性が言われています)、パソコンなどです。お部屋の換気もまめにしてください。
    今回の感染が早く収束して皆様が元の生活に戻れるよう願っています。私共もこの感染について大切なことを学びながら地域の皆様の健康と安心に貢献出来たらと考えています。

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