今回の原発事故に伴う放射線被曝による健康に対する影響はまだ分かっていないことが多く、今後問題となるであろう甲状腺癌と放射性ヨウ素についてまとめてみました。
甲状腺はどういう役割を果たしているか?
甲状腺は首の中心にあるやわらかい臓器で、ホルモンを出すことにより主に体の新陳代謝を調節しています。ホルモンの量が過不足ないように脳(脳下垂体)と連携しながら調節しています。甲状腺ホルモンが出過ぎると(甲状腺機能亢進症)体重減少、動悸、多汗、手のふるえなどの症状が出現します。またホルモンが少な過ぎると(甲状腺機能低下症)倦怠感、むくみ、体重増加、意欲減退などの症状が出現します。
甲状腺疾患の疫学
日本において甲状腺の病気を持っている割合(有病率)は人口1000人当たり10人で、男性1に女性5の割合です。米国では50歳以上で人口1000人あたり50人との報告もあります。また日本における甲状腺癌は人口1000人あたり1人といわれています。甲状腺疾患は近年増加傾向にあるといわれており、健康診断受診率の増加、超音波機器導入の影響もありますが、もし発病率の増加があるとすれば環境、遺伝などその他の要因も見ていかなければなりません。甲状腺癌には乳頭癌、濾胞癌、髄様癌、未分化癌、悪性リンパ腫などがあり、その特徴を下記にまとめました。
チェルノブイリ原発事故からの疫学データ
1986年にチェルノブイリ原発事故が起きました。この事故による健康被害に関しては当事国であったソビエト連邦が社会主義体制下にあり、正確な被曝量の測定と疫学調査が行われなかったために全容が分かっていません。しかし下記のベラルーシにおけるデータが示すように事故後5年後から甲状腺癌の発病が増加しています。ウクライナ、ロシアにおけるデータも同様の増加傾向を示しています。
放射性物質ヨウ素131による被曝
食品安全委員会が放射性ヨウ素の暫定規制値の対象にしているのは水道水、牛乳乳製品、野菜、魚介類です。空気からの吸入および経口摂取された放射性ヨウ素は、ヨウ素を必要としている甲状腺に集まり、その結果甲状腺が集中的に被曝することになります。これは内部被曝といわれるもので、外から浴びたベータ線の約20倍ものダメージを与えるとも言われています。放射性ヨウ素の半減期は約8日と短く、ベータ線を放出しながらキセノン131へと崩壊していきます。人体の中ではこのヨウ素が甲状腺ホルモンのもととして利用されるため子供では23日、大人では80日の半減期とより長く体内に残る報告があります (生物学的半減期)。 また甲状腺がんの発生はチェルノビル事故後の疫学的なデータより被曝してから5年後以降に起こってくる危険性があり、注意深く慎重にみていかなければなりません。
参考資料
1. United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic. Sources and effects of ionizing radiation 2008 vol.2
2. 食品安全委員会
3. Argonne National Laboratory. Human health fact sheet 2005.
文責 植村 健 http://www.koseikai-uemura.jp/