この章では新型コロナウイルス感染症の症状と経過、コロナウイルスによる胃腸炎、神経障害、小児の報告、川崎病、心臓や腎臓への影響、湿疹との関連について取り上げます。また診断方法やSARS事例における免疫の持続期間、疫学的な感染の新しい把握方法について触れます。
新型コロナウイルス感染症の症状と経過
潜伏期という感染しても症状がまだ出てこない時期(2-14日間、中間値5日)を経て感冒様症状(寒気、頭痛、発熱、筋肉痛)が出現します。味覚嗅覚障害が出現することもあります。軽症で終わる方が多い(約8割を占める)です。
痰の出ない咳、呼吸困難をきたしていくこともあります。特に両側にみられる肺炎像が急速に進行することがあり、体内の酸素が維持できない場合は人工呼吸器による治療を開始します。そしてさらに酸素化が図れない場合はECMO(体外式膜型人工肺)への治療へ切り替えることもあります。そうすると多臓器不全が進行し生命をおびやかす状態になります。
潜伏期に関してインフルエンザウイルスが1−4日間、胃腸炎で知られるノロウイルスが1−2日間と比較すると新型コロナウイルスは最大14日間と長いことが特徴です。つまりかかってから症状が出現するまで2週間近くもあり、その間気づかずにウイルスを排出しながら日常生活を送り感染を広げてしまっている可能性があります。
また症状がおさまってもしばらくウイルスを排出することが知られており、もしかかって症状が改善したとしてもしばらく自宅安静するなどウイルスを市中に拡大させない工夫が必要になってきます。
新型コロナウイルス感染症の年齢性別、症状、併存疾患の特徴
2020年4月末にInternational severe acute respiratory and emerging infections consortium (ISARIC)より25か国から19809人における新型コロナウイルス感染症の年齢性別特徴、症状、併存症についての報告がありました。
次第にこの疾患の臨床像が分かってきています。
表①より罹患者及び死亡者(青)は男性に多く80歳前後に多い。
高齢者ほど退院(緑)より治療中(赤)が多い。
表②より 症状は多い順に発熱歴 (69%)、息切れ (63%)、乾性咳嗽:痰の出ない咳(45%)、倦怠感気分不良 (37%)、意識障害 (19%)、筋肉痛 (18%)、下痢 (17%)、嘔気嘔吐 (16%)、胸痛 (12%)、頭痛 (11%)、咽頭痛 (9%)、喘鳴 (8%)、腹痛 (8%)、関節痛 (6%)の順です。
鼻水は頻度は多くない (4%) ですが、鼻汁の有無でコロナウイルス感染と風邪が区別できるものではないことに注意が必要です。
リンパ節腫脹 (0.6%) や結膜炎 (0.5%) はさらに頻度は少ないです。
表③より コロナウイルスにかかった人の併存疾患(持病)を見ると心臓病、糖尿病、肺疾患、喘息、慢性腎臓病、肥満、認知症、パーキンソン病などの神経疾患、癌、リウマチ疾患、喫煙、血液疾患、肝臓病、栄養失調、HIV、妊娠の順になっています。
新型コロナウイルス関連胃腸炎に関して
新型コロナウイルス 感染症による消化器症状を見ていきましょう。
コロナウイルスが人の細胞に入り込む際に最初に接合する酵素がACE2 (angiotensin converting enzyme 2) です。肺胞上皮だけでなく小腸上皮にも多く局在していることが知られています。上記のISARICからの報告では下痢 17%、嘔気嘔吐 16%、腹痛 8% が見られます。
通常のウイルス感染による胃腸炎の症状と変わらないように見えますが、コロナウイルスによる胃腸炎が起きるメカニズムは通常のウイルス性胃腸炎と異なるかもしれないという報告です。
Abdominal Imaging Findings in COVID-19: Preliminary Observations.
この論文によると消化液の通り道である胆道系の流れが悪くなり胆汁が胆嚢内に溜まる胆泥が 54%(胆嚢腫大有り)、5 %(胆嚢腫大無し)に見られます。また大腸の腸管壁肥厚が17 %、小腸の腸管肥厚が12 %に見られ、腸管気腫、門脈ガスが10 %に見られました。門脈ガスは主に腸管壊死が起きた際に起こる予後不良で比較的まれな疾患です。
ノロウイルスに代表されるウイルス性胃腸炎はウイルスが食べ物などに付着して口から入ることによって感染する経口感染と考えられていますが、この新型コロナウイルスが胃腸炎を起こす原因に関しては腸管粘膜の下にある微小血管に血栓が詰まり腸管を虚血の状態にさせることで症状を起こすという別のメカニズムが示唆されます(右上病理像①)。
微小血管に血栓が詰まって悪さをしているということが一つの病因だとすると心不全、脳梗塞、腎不全がどうしてこの感染症で起きるのかについての説明が一元的にできるかもしれません。
コロナウイルスによる脳神経症状について
神経は中枢神経(下図赤色)と末梢神経(下図青色)からなります。中枢神経は脳と脊髄からなり、末梢神経は中枢神経と各器官を結んでいます。神経系は運動や感覚の情報をやりとりしている通り道です。
今回のコロナウイルス感染症において様々な神経症状が出現することが報告されており紹介します。
Neurologic Manifestations of Hospitalized Patients With Coronavirus Disease 2019 in Wuhan, Chin
DOI: 10.1001/jamaneurol.2020.1127
この論文は中国武漢市の病院から発表されました(下図上)。2020年1月から2月にかけて新型コロナウイルス感染症で入院した 214名の神経学的所見を調べた報告です。
214名中 78人 (36.4%) に神経所見が見られました。
めまい (16.8%)、頭痛 (13.1%)、意識障害 (7.5%)、脳卒中 (2.8%) などが認められています。
よく知られている味覚障害は 5.6%、嗅覚障害は 5.1%にみられています。報道などで伝えられている割に意外と少ない印象がありますが、感覚は主観的なものでもあり正確な定量が難しいことも起因しているかもしれません。
さらにこの214名を重症群と非重症群とに分けて特徴がないか比較検討しています。
重症群では高血圧などの基礎疾患の合併例が多いこと、発熱や咳などのこの感染症に典型的な症状がみられない例もあること、神経学的所見では見当識障害、脳卒中、骨格筋損傷が多いことが報告されました。
コロナウイルスにかかっても多くの方は軽症もしくは無症状で経過すると言われていますが、重症化したり命を落とす方がおられることも事実です。何よりも重症化した方の命をいかに救い、元通りの健康的な生活にできるだけ早く戻っていただけるかが重要であり、我々医療従事者が目指している目標です。そういう意味で重症者の神経症状についての報告も取り上げてみます。
Neurologic Features in Severe SARS-CoV-2 Infection
DOI: 10.1056/NEJMc2008597
この論文はフランス Strasbourg の病院から発表されました(上図下)。2020年3月から4月にかけてコロナウイルス感染症にかかり集中治療室で治療した重症58名の神経所見を調べています。
入院時にすでに神経所見のあったのは8名、鎮静剤を中止したときの興奮が40名にみられました。混乱したり、アキレス腱などの腱反射が亢進したり、退院しても約3割の方に注意力散漫や場所が分からなくなる見当識障害、指示動作が上手くできない遂行障害がみられました。
MRI 所見では leptomeninges という頭蓋骨の内側に接する軟髄膜が造影剤で増強されること、脳血流の灌流異常がみられること、3名に虚血性脳梗塞が見られたことが報告されました。
中枢神経に影響を及ぼすウイルスの感染ルートとしては
①ウイルスが血液に乗って脳内へ入る血行性ルート
②ウイルスが神経をさかのぼって脳内に入る神経ルート、とくに鼻腔の上部にある嗅覚部位から神経を伝って脳内に入る可能性も指摘されています。
コロナウイルスと結膜炎に関して
コロナウイルスによる結膜炎について中国から症例報告がされています。
30歳男性でコロナウイルス感染症と診断され入院となりました。
発症してから13日目に両側に結膜炎(ウイルス感染によく見られる濾胞性結膜炎)を認めました。この症例では発症早期には結膜炎がみられていません。また結膜からのウイルス排出量は喀痰や咽頭よりも少なく、またより早期に消失しています。網膜や黄斑部には異常をきたしていませんでした。
従来のコロナウイルスであるNL63では18人中3人に結膜炎の報告があります
( Vabret A, Mourez T, Dina J, et al. Human coronavirus NL63, France. Emerg Infect Dis. 2005;11(8):1225–1229)。
頻度は多くないかもしれません。猫、ネズミ、ラクダにおいてコロナウイルスによる結膜炎がみられています。
今回の新型コロナウイルスが眼に及ぼす影響や発症率はこれから報告が出てくると思います。
また目はウイルスの侵入経路のひとつとしても注意が必要で、極力目を触らないことも重要です。
年齢別致死率と小児の報告について
2020年4月現在流行の第一波のピークを過ぎたと言われている中国本土から年齢別の致死率と小児の感染例の報告がありました。
それによると高齢者ほど致死率が高いこと、また武漢市の呼吸器感染症で入院した16歳以下の366人のうち検査してみると6人に新型コロナウイルス感染が認められたことが報告されました。うち1人の3歳女子の方は集中治療室でリバビリン(抗HIV薬)、タミフル(抗インフルエンザ薬)、ステロイド、酸素吸入、免疫を助けるグロブリン製剤の治療を経て13日後に退院しています。
子供は重症化しないということではないようです。
コロナウイルスと川崎病の関連について
欧米から小児の川崎病の報告が相次ぎ、新型コロナウイルス感染症との関連が指摘されています。
川崎病とは主に4歳以下に発症する疾患で、発症すると高熱が約1週間弱続き、体幹を中心に紅斑がみられ、頸部のリンパ節が腫れ、目が充血します。BCG注射部位も赤く腫れます。回復期には炎症を起こした手足の皮膚が落屑していきます。
冠動脈瘤について
発症して2週間前後に約4割に心臓の冠動脈瘤を認めますが多くは自然に消退します。冠動脈瘤が残存して狭心症や心筋梗塞を起こさないかどうかが重要になってきますが、免疫を助けるガンマグロブリン製剤投与の治療を行うようになり進行例は約1割へ少なくなりました。その際の瘤の大きさが8㎜以上あると瘤が自然消退することなく残存して、狭心症や心筋梗塞へ進展するハイリスク要因と考えられています。
川崎病の原因について
川崎病の原因に関しては詳細が分かっていません。2014年に台湾から発表された論文ではコロナウイルスだけでなく、エンテロウイルス、ライノウイルス、アデノウイルスなどのウイルス感染の関与も指摘されています。感染以外では遺伝子(第6染色体短腕に存在するHLAのある特定の遺伝子型)、ACE酵素(これは下記にも記載していますがコロナウイルスがかき乱すレニンアンギオテンシン系に関与する酵素)、自己免疫疾患(守るはずの自分の体を攻撃してしまうSLEループス疾患)なども原因として報告されています。
コロナウイルスによる心臓への影響について
新型コロナウイルス感染症の心臓への影響に関する報告が世界中からあがってきています。重症化のメカニズムや予後の決定に肺炎だけでなくその後に続く心臓への傷害が関与していることが分かってきていますので紹介します。
COVID-19 and the Heart
DOI: 10.1161/CIRCRESAHA.120.317055
発症早期にはリンパ球が下がり(ステージⅠ)、サイトカインストーム(高度の炎症)がおこり肺障害が起きる(ステージⅡ)ことが知られています。そして次第に心臓への影響が出てきます(ステージⅢ)。入院患者さんの2-3割に心臓への傷害がみられ、直接死因の4割近くにのぼるとのことです。
ここで米国にあるMayo Clinic のシェーマを借りて心臓の症状をみてみましょう。
① 心筋炎:ウイルスが心筋組織に感染して炎症を起こし心臓本来のポンプ機能を低下させます。心筋炎は起こしたばかりの急性心筋炎とある程度治ってからの慢性心筋炎があり、特に後者は心不全のコントロールや致死性不整脈など長期にわたって気を付けなければいけない病態になってきます。
② 急性冠症候群:一般的な心筋梗塞は動脈硬化がベースにあって心臓の冠動脈のプラークが破れて血栓閉塞をきたす病気です。今回のコロナウイルス感染では感染に伴い血液が固まりやすくなり(凝固能亢進)、動脈硬化に関係なく血栓が冠動脈につまる報告があります。血栓は大きなものから微小なものもあり、詰まった先の心筋は壊死を起こし心機能の低下や不整脈のもとになりうります。
③ QT延長:治療にあたりクロロキンやマクロライド系抗生剤は心電図上のQT延長をきたすことが知られています。感染による不安定な循環動態においてはQT 時間が延長していると心室細動(⑥)などの危険な致死性不整脈が出現しやすくなります。
④ 心不全:上記の心筋炎や心筋梗塞により心臓が本来果たしている各臓器との血液のやりとり(動脈で送り静脈から返ってくる)ができなくなる心不全が起こりうります。今回のコロナウイルス感染では心臓が大きくなる(特に全身から返ってくる右心系)報告があります。
心不全の症状にはむくみ、息切れ、倦怠感、咳嗽などがあります。
⑤ 心源性ショック:心臓の働きが低下して急に血圧が下がり循環が保てない状態になります。緊急の治療を要します。
またウイルスによる炎症が高度になると手足などの末梢血管の抵抗がさがり心臓が頑張って酸素を組織に運びますがその状態が長引くと次第に末梢血管抵抗が上がってきて心臓も拍出できなくなる敗血症ショックという病態もあります。
⑦ 肺血栓塞栓症も重篤な病態です。
この疾患は動脈ではなく静脈の方に血栓ができて起こってきます。コロナウイルス感染にかかると血液が固まりやすくなり、手足の静脈(主に下肢深部静脈)に血栓ができやすくなります。その血栓が心臓を通って肺動脈に飛んでいき肺にダメージを与えます。急速に呼吸不全が進むことがあります。
Autopsy Findings and Venous Thromboembolism in Patients With COVID-19
DOI: 10.7326/M20-2003
この論文(上図左下)によるとコロナウイルス感染で亡くなられた方の解剖をしたところ12名中7名に静脈血栓が見られました。そのうち4名の方が静脈血栓が直接の死因だったとのことです。この病気がもたらす凝固亢進による血栓促進の病態はこれからのコロナウイルス治療の大きなターゲットになると思います。
⑧ 心膜炎:心臓を包む心膜に炎症を起こし水が溜まったり、硬くなったりして心臓のポンプ機能(特に拡張機能)に影響を与えることがあります。
⑨ 心源性脳梗塞:もともと心房細動がある方や血行動態の変化にともなって新規に心房細動が起こった際は心房が不規則にふるえるように動き、血液の流れのよどみができるために心房内(特に左心耳)に血栓ができやすくなります。その血栓が脳にとんで脳梗塞をおこす病態です。
新型コロナウイルス感染症の腎臓に及ぼす影響、急性腎障害 (AKI) について
コロナウイルス感染による腎臓への影響についてみていきましょう。
コロナウイルスにかかると腎臓に障害が出てくることが知られています。時に生命を脅かすこともあり、そのひとつが急性腎障害 (Acute Kidney Injury : AKI )です。蛋白尿が出たり、尿が出なくなるなど急速に腎機能が低下する病態です。つまり体内の不要物を尿から捨てられなくなり体内に不要物が蓄積してしまうのです。
急性腎障害の定義は
① 48時間以内に血清クレアチニンが 0.3mg/dl以上上昇すること
② 元々の血清クレアチニン値から1.5倍以上上昇すること
③ 体重60㎏の人が1時間あたりの尿量 30ml 以下が 6時間以上続くこと
のいずれか一つがあてはまると診断されます。血清クレアチニンといえば特定健康診断などでeGFR(推算糸球体濾過量)とともに採血項目で良く知られています。
急性腎障害はコロナウイルス感染重症者の 5-23%にみられており、典型的な急性腎障害は発症してから2週間の間に起こってきます。重症化する背景に慢性腎臓病(CKD)の存在が関連していると言われています。
腎臓の役割
腎臓は左右両方にあり、心臓が出す血液の20-25%が腎臓に送られてきます。その血液には腎臓が働いていく上での大切な酸素が含まれています。また腎臓の大切な役割の一つとして不要になった物質を血液から濾過して尿として捨てることです。その濾過する場所が糸球体です(上図)。糸球体から濾過された原尿は尿細管に流れていきます。体内の水分や電解質が一定になるように原尿は尿細管で再吸収されていきます。再吸収されなかったものが最終的に尿として排出されていきます。
ちなみに糸球体と尿細管の組み合わせがネフロンと言われ、各腎臓に約100万個存在しています。
コロナウイルスによる急性腎障害のメカニズム
① ウイルス自体が糸球体、尿細管にダメージを起こすことが知られています。コロナウイルスが最初に細胞に侵入する受容体であるACE2 (アンギオテンシン変換酵素2) が腎臓の糸球体と尿細管の上皮細胞にあり、ウイルスが局在していることが電子顕微鏡で確認されています。ウイルスそのものが糸球体と尿細管を壊して急性尿細管壊死を起こし急性腎障害を来たす可能性が言われています。
② 細胞や細胞の周囲がダメージを受けるとその放出された成分(damage-associated molecular patterns: DAMPS)から免疫応答が起こってきます。そして炎症反応や血栓が形成されていきます。糸球体内に血栓が多発すると糸球体やその周辺が壊死して腎障害を来たす可能性があります。
③ 心腎連関:心臓と腎臓は密接な関わり合いを持っています。心臓が弱ると腎臓に影響し、また腎臓が弱ると心臓に影響することが知られており心腎連関と言われています。
腎虚血(心臓から送られる方):別項のコロナウイルスによる心臓への影響で触れましたように今回のコロナウイルス感染では急性心筋炎や急性冠症候群などの心臓の病気が発症し心臓の働きを弱めます。心臓のポンプ機能が低下すると酸素が多く含まれた血液が腎臓に来なくなります。そのために腎臓の細胞が虚血におちいり腎機能が低下していきます。
腎うっ血(心臓に戻る方):また心臓が弱ると各臓器から心臓に血液が戻ってこられなくなり、静脈に血液が溜まっていきます。いわゆるむくみやうっ血のことです。すると静脈の圧が高まり腎臓からの血液も心臓に返ってこられなくなり腎臓に血液がたまって腎機能低下を来たします。
④ 敗血症性ショック:感染が長引くと点滴をしても血圧低下した状態が持続し、血液中の乳酸が多くなり酸性化してきます。収縮期血圧が90mmHg未満もしくは通常の血圧より40mmHg以上の低下で診断されます。血圧が低下すると腎臓への血液が少なくなり尿が出なくなり腎臓が弱っていきます。
⑤ 脱水:発熱、下痢、食欲低下により体液量が少なくなります。すると腎臓への血液量も減ります。
⑥ 横紋融解症:骨格筋の破壊により筋由来のミオグロビンやCPK(クレアチニンホスホキナーゼ)が血中へ流出して、尿細管を閉塞して腎機能が低下する病態です。
交通外傷や打撲などによる外傷性と感染などによる非外傷性に分かれます。
感染による横紋筋融解症にはインフルエンザウイルス、HIVウイルス、ヘルペスウイルス、エンテロウイルスなどが知られていますが今回のコロナウイルス感染においても約 1割にみられています。症状は筋肉痛や筋力低下です。ウイルス自体が筋肉に浸潤する、サイトカインが筋肉を損傷させる機序が想定されています。通常血液中のCPKは230U/Lを超えませんが、13,500 U/L 上昇する例も報告されています。
大量のミオグロビンが腎臓に流入すると糸球体が処理できなくなり酸性尿と相まって結晶が尿細管を閉塞し傷害されていきます。白血球の一部であるマクロファージも関与しているという報告やミオグロビン自体が血管を収縮させて虚血におちいるという報告もあります。
コロナウイルスによる急性腎障害に関する新しい機序や詳細がこれから分かってくるかもしれません。また重要な論文がありましたら紹介させてください。
コロナウイルスと皮膚症状に関して
コロナウイルスに感染したときに湿疹が出現することも報告されています。下記の2報告からはパルボB19 ウイルスにみられるような一般的なウイルス性湿疹 papulosquamous eruptionであり、血管炎やDIC(播種性血管内凝固症候群)にみられる血栓やアレルギーなどは顕微鏡像にて見られなかったとのことです。
頻度は中国からの報告で0.2% からイタリアからの報告で20%と様々です。上記にも示しましたがISARIC 世界25か国19809人からの報告では0.5% です。
新型コロナウイルス感染症の診断方法
現状では鼻腔や咽頭をぬぐった体液からPCR法というウイルスの遺伝子を増幅させて調べる検査方法がゴールデンスタンダードです。
但しぬぐった体液にウイルスが付着していなかったり、感染の初期にはまだ十分ウイルスが出てこなかったりする問題があります。また検査時間、一度にできる検査数、検査費用も足かせとなり令和2年4月現在日本では積極的に検査をしない方向できました。軽症者は医療機関に行かずに自宅で養生させるという方針が市中への感染拡大を防いでいたという側面を指摘する意見もあります。
検査方法に関してはPCR法より複雑な工程を経ないLAMP法を用いた検査やイムノクロマト法、ELISA法など、正確で短時間にわかり、かつ多くの方が検査ができるよういろいろな企業や大学で開発が進められています。
ニュース 令和2年5月9日
みらかホールディング株式会社が作製した15分でコロナウイルス抗原を検出できる簡易キットが5月中旬に承認される見通しとの報道がありました。国内で週20万検査分を生産するとのことです。
この迅速キットの普及によりコロナウイルス診療が医療機関と保健所の不要なやり取りを省くことになり、よりオープンな形で ① 症状のある方の診断や ② 自分や周囲の方も知らずにウイルスを排出している無症候性病原体保有者の診断を簡便にかつ迅速に行えるようになってくることが期待されます。
新型コロナウイルスに対するIgMとIgG抗体を血液から迅速に診断できるキットが各社から発売されてきました。ここでまずIgGやIgMという免疫グロブリンのことについて触れさせてください。
ウイルスや細菌が体内に入ってきたときに戦うための中心的な働きをするのが免疫グロブリン(immunoglobulin) という蛋白です。
免疫グロブリンにはIgG, IgM, IgA,IgE, IgD の5種類があります。その中でウイルスや細菌に感染したときにまず作られるのがIgMです。IgMは5量体といって5つの足のようなサブユニットを持って外敵に幅広く対応できる特徴的な形をしています。このIgMを調べることで現在感染しているかどうかを知る事ができます。その後にIgGが作られ(IgMからのクラススイッチ)免疫の中心的な役割を果たします。IgGは免疫グロブリンの中で約8割をしめる抗体で長く免疫に関与します。再感染をおこさないことにも寄与しています。分子量が小さく胎盤を通過し生後の赤ちゃんを守る働きもあります。これらの免疫グロブリンは侵入したウイルスや細菌を中和させたり溶解したり、攻撃したりして我々の体を外敵から守っています。
新型コロナウイルス感染症の場合は免疫ができたという目安のIgGがどの期間持続するのか? IgGを獲得したことで変異をともなったコロナウイルスの再感染を防げるのか?などまだ不明な点が多いです。免疫パスポートが話題になりましたが、有効なワクチンもまだできていないことからまだ先のことになりそうです。
新型コロナウイルスの迅速抗体検査はキット製造メーカーによる性能差やばらつきがあり正確性(特にIgMの感度、偽陰性)の問題が指摘されていますが、PCR法の欠点である高価、診断にかかる時間、鼻腔からのウイルス発現量の個人差の問題を補うことができる検査方法として期待されています。
新型コロナウイルスは発症する前からウイルスを排出していることからまず反応するのはPCR法です。
発症後数日してからIgMが陽性となり、続きIgGが陽性となります。IgMは2-3週間前後で陰性化します。キットの検出性能により多少陽性にでる日にちが前後します。
感染を今起こしているかどうか、他人に感染させるリスクがあるかどうかという観点からIgM抗体の検出は精度の問題を克服すればPCR法と並んで有望です。
下記にコロナウイルス感染症のPCR法とIgMおよびIgG抗体の推移を示します。
新型コロナウイルスにかかったら免疫がいつまで持続するか
コロナウイルスにかかった人がどのくらい先まで免疫が持続して再感染を起こさないか気になるところです。そのヒントになるのが同じコロナウイルスの仲間であるSARSウイルスに罹った患者さんの抗体の保有率と抗体価を3年間にわたって調べた下記の2論文です。まずは一つ目の論文から
Duration of Antibody Responses After Severe Acute Respiratory Syndrome
同じコロナウイルスの仲間であるSARSウイルスは2003年中国広東省から起こりました。その患者さんの血液中の抗体を3年間にわたって調べて報告しています。
SARSにかかって抗体をもっていた18名の患者さんが3年たつと10名だけ抗体を持ち続け8人は抗体を消失していました。 抗体量の目安となる吸光度は 6か月後 0.96 から 3年後には 0.249 に低下していました。
つまり罹ってから3年すると免疫を保有する人が少なくなり、免疫力も低下するという結果でした。
次の論文は同じSARSコロナウイルスの部位別の免疫持続を調べたものです。
Longitudinal Analysis of Severe Acute Respiratory Syndrome (SARS) Coronavirus-Specific Antibody in SARS Patients
DOI: 10.1128/CDLI.12.12.1455-1457.2005
この論文ではSARS確定者19名のうちコロナウイルスの表面にあるスパイク蛋白 spike protein(黄色)に対する抗体とRNAを包んでいるヌクレオカプシド蛋白 Nucleocapsid protein(赤色)に対する抗体を3年間にわたって調べています。
結果です。
スパイク蛋白に対する抗体は3年間にわたり全員保有し、抗体価もヌクレオカプシド蛋白よりも保たれていることが分かりました(下図右)。
この2論文から導き出されるのは
SARSコロナウイルスに対する免疫は3年間で消えていく
しかしウイルス表面の棘状のスパイク蛋白に対しては免疫を3年間保ち続ける
いうことです。
感染の第 2波が警戒される中、今回の新型コロナウイルス感染症にかかったあとにどのくらい免疫が持続するのか大切な問題です。またこの2つ目の研究からスパイク蛋白をターゲットとしたワクチンが出来た際は有効性を長期間保ってほしいと願うばかりです。
Wastewater-Based Epidemiology 下水から新型コロナウイルスの地域感染状況を把握する試み
下水中に存在するコロナウイルスがどの程度経口感染するのか、または空気感染するのかははっきりと分かっていません。
2003年香港の民間集合住宅 Amoy Gardenの棟内でSARSによる200人近くのクラスターが発生しました。原因として下水管の不備によりウイルスを含んだ下水が滞留して空気感染を起こした可能性が指摘されています。
下水中でのウイルスの生存期間は23℃の環境下において従来のコロナウイルス229E では2-4日と報告されています。4℃の環境下では活性が20日以上も保たれています。
冬の時期の下水の温度が気になりますが、東京下水道エネルギー株式会社の報告によると外気温が5℃であっても下水温度は16℃とのことです。
今回の新型コロナウイルス感染においても便からのウイルス排出が報告されており、下水を調べることで地域の流行を早期に把握する取り組みが始まっています。
感染者数の報告からだけでなく、下水を通しての地域感染状況が加わることになります。
この新型コロナウイルス感染症では症状が出る前からウイルスを排出している、また症状が出ない感染者もウイルスを排出していることが分かっており、そういう方々が感染を急速に拡大させる要因になっています。しかしながら症状が全くでない場合は今のところ検査をする機会も少ないと考えられ、下水を用いたウイルスの検出方法が加わることでより正確な地域の流行状況が得られる可能性があります。
中国ではLAMP法を用いておよそ51分でウイルスの検出ができるセンサーが開発されています。このようなセンサーを各下水のポイントに設置するとウイルスの検出ができるようになります。設置するポイントが多いほどより細かいコミュニティの感染が把握できるようなるという仕組みです。
もしこの感知センサーを高精度で安価で大量に作ることができれば、各家庭のお手洗いに設置することもでき、モノとモノとがつながるインターネットの時代においては陽性が検知された際はご自身のスマートホンにその情報が飛んでくることも可能です。敷地外の下水は自治体が、敷地内はご自身で管理するようになるかもしれません。
但し鹿児島県では主に市外部で下水道システムを介さない単独処理浄化槽やくみ取り槽を用いている家庭もあり、ウイルスの河川への放出リスクや下水を通した正確な感染把握ができない状況も想定されます。
デジタル疫学の手法を用いたコロナウイルス感染初動を探る試み 武漢市の病院駐車場人工衛星写真と Baidu 社 サーチエンジンを用いて
いかに早く第2波をとらえて感染拡大を防いでいくかが重要です。
前項で下水中のウイルスの断片から新型コロナウイルスを検出して地域アラートシステムを構築できる可能性に触れました。
次に紹介するのはデジタル疫学という新しい手法を用いてコロナウイルスの初動を把握する試みです。
Analysis of hospital traffic and search engine data in Wuhan China indicates early disease activity in the Fall of 2019
武漢市でコロナウイルスが確認されたのは2019年12月1日のことでしたが、その時期にはすでに流行が拡大していたのではないかとも言われています。
この論文では武漢市内の6 つの主要病院に来る自動車の数を人工衛星写真から計算し、また下痢症状の数を中国最大の検索エンジン会社であるBaidu (百度)社の検索数から求めています。
これらを総合するとこの疾患の流行は 報道されるかなり前の 8月から始まっていた可能性を伝えています。
科学技術が発達して人工衛星からの写真もきれいに見られるようになりました。病院が公表するソース以外にも主要病院に出入りする自動車の数を人工衛星写真から知ることができるようになりました。
皆さんが何かを知りたい時や気になった言葉を Google やヤフーなどで検索すると思いますが、病気に関して調べたキーワードの検索の総和や時期などのデータが疫学として用いられるデジタル疫学 ( digital epidemiology ) の将来性がこの論文から感じられます。
おわりに
我々の生命や経済を脅かしかねない今回の新型コロナウイルス感染症ですが、これから分かってくる色々なことを参考にしながら我々は生き延びていかないといけないと思います。内心心配になっている方も多いと思いますが、我々が積み重ねてきた科学を信じてこのウイルスのことをよく知り適切に対応し乗り越えて新しい明るい時代を築いていきたいものです。この投稿が皆様が健康で安心して生活していただくための一助となれば幸いです。
文責 植村 健 http://www.koseikai-uemura.jp/
下記もご関心がありましたらご参照ください。
http://ko-island.yokatoko.com/pr/uemura/2020/05/02/新型コロナウイルスの性質%e3%80%80/
http://ko-island.yokatoko.com/pr/uemura/2020/05/02/コロナウイルスにかからないようにするために/
http://ko-island.yokatoko.com/pr/uemura/2020/05/01/コロナウイルスに対する治療の試み/