コロナウイルスにかかった人がどのくらい先まで免疫が持続して再び感染しないか注目されています。まず最初に感染したときに免疫がどのように働くのかをみていきましょう。
免疫はどのように働くのか? 免疫グロブリンの役割について
ウイルスや細菌が体内に入ってきたときに戦うための中心的な働きをするのが免疫グロブリン(immunoglobulin) という蛋白です。免疫グロブリンがどのように作られていくか説明します。
体内にウイルスなどの抗原が入ってくるとマクロファージや樹状細胞などがそれを貪食し分解します。その情報が細胞外に提示され(抗原提示)ヘルパーT細胞が活性化されていきます(下図左)。そしてBリンパ球の増殖を促します。増殖したBリンパ球は形質細胞に分化して侵入したウイルスに対する抗体(免疫グロブリン)を産生していきます。
免疫グロブリンには IgG, IgM, IgA, IgE, IgD の5 種類があります。その中でウイルスや細菌が体内に侵入してきたときに体が反応して最初に作られるのが IgMです。
IgMは 5量体といって5つの足のようなサブユニットを持って外敵に幅広く対応できる特徴的な形をしています(上図右)。このIgMを調べることで現在感染しているかどうかを知る事ができます。
その後にIgGが作られ(IgMからのクラススイッチ)免疫の中心的な役割を果たします。IgGは免疫グロブリンの中で約8割をしめる抗体で長く免疫に関与し再感染をおこさないことにも寄与しています。分子量が小さく胎盤を通過し生後の赤ちゃんを守る働きもあります。
これらの免疫グロブリンが侵入したウイルスや細菌を中和させたり溶解したり、攻撃したりして我々の体を外敵から守っているのです。
SARSからの報告
今回の新型コロナウイルス感染の免疫持続に関してそのヒントになるのが同じコロナウイルスの仲間であり2003年に中国広東州から世界に広がったSARSウイルス(Severe Acute Respiratory Syndrome:重症急性呼吸器症候群)の事例です。
SARSに罹った患者さんの抗体の保有率と抗体価を3年間にわたって調べた下記の2論文でを紹介します。まずは一つ目の論文から
Duration of Antibody Responses After Severe Acute Respiratory Syndrome
SARSウイルスに感染した患者さんの血液中の抗体を3年間にわたって調べて報告しています。
SARSにかかって抗体をもっていた18名の患者さんが3年たつと10名だけ抗体を持ち続け8人は抗体を消失していました。 抗体量の目安となる吸光度は 6か月後 0.96 から 3年後には 0.249 に低下していました。
つまり罹ってから3年すると免疫を保有する人が少なくなり、免疫力も低下するという結果でした。
次の論文は同じSARSコロナウイルスの部位別の免疫持続を調べたものです。
Longitudinal Analysis of Severe Acute Respiratory Syndrome (SARS) Coronavirus-Specific Antibody in SARS Patients
DOI: 10.1128/CDLI.12.12.1455-1457.2005
この論文ではSARS確定者19名のうちコロナウイルスの表面にあるスパイク蛋白 spike protein(黄色)に対する抗体とRNAを包んでいるヌクレオカプシド蛋白 Nucleocapsid protein(赤色)に対する抗体を3年間にわたって調べています。
結果です。
スパイク蛋白に対する抗体は3年間にわたり全員保有し、抗体価もヌクレオカプシド蛋白よりも保たれていることが分かりました(上図右)。
この2論文から導き出されるのは
SARSコロナウイルスに対する免疫は3年間で消えていく
しかしウイルス表面の棘状のスパイク蛋白に対しては免疫を3年間保ち続ける
いうことです。
新型コロナウイルス感染の免疫持続期間に関する報告
今回の新型コロナウイルス感染においてはかかっても症状の出ない無症候性や風邪のような症状にとどまる軽症のかたが多いと言われています。感染していることに気付かずに日常生活を送り、感染を広げている主体となっていることが考えられます。中国重慶市近くの万州区から無症候性病原体保有者 37名のウイルス排出期間と感染8週間後の免疫に関する報告がありましたので紹介します。
Clinical and immunological assessment of asymptomatic SARS-CoV-2 infections
DOI: 10.1038/s41591-020-0965-6
この論文では無症候性 37名、有症状者 37名の急性期と感染後8週後における免疫(IgG抗体)を調べています。
無症候性において急性期では抗体陽性が37名中30名でした。有症状者においては抗体陽性は37名中31名でした(上図右)。無症候性でも有症状者でもPCR検査が陽性にかかわらず最初から免疫反応が起こらないかたもいるということです。
無症候性において続く8週後には一旦獲得した免疫が30名中12名消失しています。つまり無症候性において8週後に免疫を保てたのは37名中18名であったということです。症状があった方と比べると8週後における免疫獲得は少ないと言えます。
そしてこの論文から驚くことは無症候性の方が有症状者に比べてウイルスの排出期間がより長いことです。PCR法によるウイルス排出、つまり遺伝子を増幅させた産物をみているので必ずしも病原性を意味しているものではありません。このことに関する仮説を立てるとすれば無症候性の人は有症状者と比較してより強い免疫応答が起こらないためにウイルスが排除されず体内により長く残存するということなのかもしれません。
また無症候性37名において入院時に全員胸部CTを施行していますが 37名中 21名にスリガラス様所見や筋様の所見を認めており、この疾患の特徴を表しています。
文責 植村 健 http://www.koseikai-uemura.jp/
下記も関心がありましたらご参照ください。